今日、今からここに書くことは多分まだこの国に
住んでまもない人や、若い人には理解することは
できないかもしてないけど、私自身の気持ちを
どこに表して良いのかわからないので
文章にしたいと思う。

なぜこんなことを書いているのかというと
ここ数年、旦那の友人知人が数多く亡くなった。
今もお通夜から戻ったばかりなんだけど
今日亡くなったのも旦那より年下の男性
寿命といえばそれまでかもしてないけれど
残された奥さんの姿や同じ年代の子どもたちの
悲しんでいる姿を見ていると、他人事ではない。

今日もお通夜で出た話題は、お年寄りが天寿を全うし
天に召されて行くのは悲しくても諦めがつくけど
ここ数年お通夜やお葬式に行くのは何と40代や50代ばかり
そして中々忙しくて会えない友達たちと会えるのが
その仲間のお葬式、そして見送る方が70代~80代
勿論長生きできることは素晴らしいけれども
最近は余りにも若い人が亡くなるケースが多いので
そんな事があっていいのだろうかと言うことだった。
そして、これは日系人だけの話ではなく
アルゼンチン人でも同じケースが多いらしく
先日友人と電話で同じような内容を話した事を思い出した。

ましてや、やっと子どもが大きくなり、もう少しで
夫婦のセカンドライフが待っているのに
そのホッと過ごせるひと時を迎えずに
逝かなくてはならないとは何て惨い仕打ちなんだろう
流石に今日のお通夜では神様というものに
この苛立つ気持ちをぶつけたいほどであった。

確かに人間はいつかは逝かなければならない。
でも、この国でも日本同様、突然死など
無念な亡くなり方が余りにも多すぎる…。
そう、私が知る限りでは日本以上だと思う。
この間別の人のお通夜であったと思ったら
今度はその人のお通夜なんて…信じられない。

私的には薬でいつまでも長生きさせられるより
この国のようにバサっとダメでしたの方が好きだけど
でも病気ではなくストレスや医療ミスとかの
諦めのつかない亡くなり方をする人が多すぎる。

人生って惨すぎる…。

ぶつけたくてもぶつけらてない思い
そして私たちの明日を思う時、心が無性に辛くなる。


やっぱり人生は一度きりしかないのである。
この国ではまだ若いからとか、これから時間があるなんて
40代を過ぎたら何が起きるかわからないから
そんなのんきなことは言ってられない気がする。
老後に、もう少ししたらなんて言っていたら
明日は愛する人が横にいないかもしれない。

だからやっぱり私は今以上に私らしく生きて行きたい。
たとえそれが間違っていても
周りからどのように言われようとも
私は私らしく自分の生き方を突き進んで行きたい。

そしてなかなか普段は気がつくことのない
今横にいる人の大切さも家族の大切さも
再度認識しながら、思い途中で逝ってしまった人の分まで
私が生きていける分自分に素直に生きて行きたい。

逝ってしまった全ての友人知人に向けて
私はこれからもみんなの分生きて行きます。
どんなに辛く悲しいことがあろうとも頑張ります。
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