今日はお友達たちとラーメン屋に行ったのですが
その時にあまりにも嬉しい再会があったので
その思いと懐かしい時代を書きたいと思います。

それは1989年ここに住み始めた当時
右も左も分からないそんな自分が
マンションを借りた物の言葉がわからず…。
これからどうやって暮らそうという時期
知り合うことができた親切な日系のおばさんです。

まぁ唯一ありがたかったのは
当時今では二度と来ないハイパーインフレ。
1ヶ月40ドル時代でタクシーに乗って
現地紙幣がなく1ドル札しかないというと
いくらでも乗ってと運転手に言われた時代です。
ですが、物を買うのが安くとも言葉がダメ。
そんな時に家具を買いに連れて行ってくれた
親切な優しい日系人のおばさんでした。
家具の見立て、そして交渉まで付き合ってくれ
我が家にその家具が届けられた時の感激。
これからアルゼンチンライフの一歩が始まるんだと
その感動は今でも忘れません。
(勿論今でもその家具は我が家のキッチンに
歴史を物語る如くど~んと居座っています

そしてその当時何もわからない時に
快く手伝ってくれたそのおばさん
(今では80歳を過ぎていました)が
今日足を運んだラーメン屋さんに居たのです!!
私と家具を見に行ってくれた後すぐに日本に行かれ
長い間戻ってこられなかったのですが
その後、帰国されたことを数年前にお聞きし
どれだけお会いしたかったことか!!
言葉がわからない自分に優しくしてくれた
その恩、ありがたさは一生忘れません。

ご挨拶に伺うと覚えていてくださって。。。
話しているうちに自分の歳を忘れて当時の
あの20代の素直な自分に戻っちゃいましたよ(笑)
本当に素晴らしい再会ができました。

長いアルゼンチンライフの中よく思うのは
絶対に忘れてはいけないのは人との出会い。
時々海外に住んでいると見聞きするのですが
日本人同士のおつきあいを拒否する人や
例えば道であっても東洋人(日本人)だとすると
あきら様に嫌な顔をする人を見かけるのですが
もし短期滞在で語学を勉強に来ている人など
日本語を必要としない方が良い場合は別として
そういう人を見かける度に残念だなと思います。

以前も日本から期間限定で来ていた方と知り合い
その方とお会いした時に話したことがあるのですが
その時も、せっかくの期間限定の滞在なら
同じ環境の人とかだけではなく
世界の違う日本人同士でももっと知り合い
アルゼンチンを楽しんで行ったらいいのにと
そういうお話をされた方がいらっしゃいました。

今日一緒にラーメンを食べに行った友人知人や
私の知り合いにはそういう人はいないのですが
良く他の方からそういうお話を良く聞きますし
実際私もそう思うことが時々あります。

長く異国に住むことは現地に馴染むこと。
それゆえその地の人を大切にすること
これは勿論とても大切なことですが
移住者同士でも知り合いが増えたら
どんなに楽しい日々が更に増えていくかと
そう思うこともよくありますし
知り合いになる必要はなくとも
そんな怖い顔しないでもっとリラックスして
とふと思う気ともあります。

まぁ多分、若い頃はそうなんでしょうね。
(実際私も超バリバリの意地悪だったので)
その気持ちは手に取るようにわかります(笑)
でも、日本人って(日系人も含め)
やっぱり話していると心が休まります。

それは多分自分が長年この土地に住み
日本から来た当時、頭が日本モードで
ここにいるアルゼンチン人の人がすること
考えることも日本人を基準的に考えていたため
生活すればするほど、その違いを経験、実感し
ここは日本ではないんだということを
嫌という程通り過ぎてきたからかもしれません。

異国文化と国民性の違いから27年そして28年目
どれだけ嫌な思いや悲しい思いをしたり
騙され裏切られ泣かされたり差別されたり
悟るまで何年かかったことでしょう…。

だからこそ、昨日久しぶりに再会した
当時親切にしてくれた日系のおばさんの
その優しさが時代共に思い出されたわけで
お会いできたその瞬間の感動は一入
初心に心を戻させてくれたひと時でした。

スポンサーサイト
 

   
ブログ村、ゆる~く参加していきます♪

にほんブログ村 海外生活ブログ アルゼンチン情報へ
にほんブログ村

★だからアルゼンチン、大好きです★
 ★ポチしてもらえたらとても嬉しいです★
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック