今年初めて父のいない父の日を迎えました。
私の日本にいる友人たちに言わせたら
「5×歳まで父が健在であった事は
幸せな事なのよ。」と言われるけれど
今まで父の日には父がいた事が
離れていても私には当たり前だったので
ちょっとだけ戸惑っています。

特にここ数年は一年のうちの殆どを
日本で過ごしていただけに
家族との関わりが濃かったゆえ
多分そんな事を感じるのでしょう。

先日ふと見つけたブログの日記の中で
今までは休養や遊びのために
日本に一時帰国をしていたけれど
ここ数年は手伝うための帰国へと
一時帰国の意味が変化している…
というような日記を見つけました。
私の場合も最後の数年はまさにその通りで
親にとっては(役に立たない私でさえ)
いて欲しいと思ってもらえた事に驚き
でも必要とされているのだからと
できる事を一生懸命してきました。

よく遠くに住んだら死に際に会えないと
結婚を反対する例があるけれども
そして私も当時の両親の結婚反対の理由には
その死に際がネックになったけれども
今思えば遠くにいても近くにいても
会える人は会えるし、会えない人は会えない…
それは宿命か、運命のようなものに思えます。

実際私も何度一時帰国の別れ際に
父親から「これでもう、お前と会う事はない。
もうきっと会えないからさよならを言っておく」
とお酒に酔って涙を浮かべながらそう語る父の
その言葉を何回聞いたことか?
でも毎回帰国時に元気でいる父に最後には
「もうその言葉は聞き飽きたわ…」といい
いつものようにじゃぁ又ねと帰国をし
そして今回は戻って2週間、父の容態の変化
でも、再度の緊急帰国に間に合い
そして意識もあるうちに沢山会話をして
最後父を見送る事ができました。
自分でも父の最後を見送る事は距離的に
できないだろうと諦めていただけに
本当に幸せだったと思います。

いつだったか父の日に驚かせようと
父に内緒で帰国して、幽霊かと思われ
びっくり仰天された懐かしい父の日。
もうそんな日は戻ってこないけれども
これからはもう一人の父、娘の父親である
旦那と一緒に父の日を過ごそうと
そう感じた私です。

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