今日も相変わらずバスのことや私の薀蓄話。


何時もの37番、私はこれまたいつものように
一番後ろの席に(指定席のように)座るんだけど
行も帰りもほぼ始発、おまけに通勤時ではないので
毎回乗るたびに『この時間だし、混んでこないだろう』
と思うんだけど、それは帰りも同様で
昨日など早めの帰宅ゆえ
バスが混んでいる『ハズがない』時間帯
なのに、昨日も期待は裏切られ
行も帰りもバスは超満員御礼であった。



特にひどかったのは帰りのバスで
始発から僅か10分足らずで超満員。
まだまだ終点には程遠いのに乗車口まで埋まっていて
バスが止まろうものなら、これ良しと一斉に皆が乗り始め
ドアを手で抑えて絶対に閉めさせない。
それが(先日も降車口から乗る女性の話を書いたど)
どうしても自宅に帰るための、一つの手段なのである。



その度に運転手は「次を待ってください」と言うけど
次も、次も、その次も今日もまた全てのバスは満員で
バス停にいるお客さんは皆そのことを承知しているので
乗車口のドアが開いたものなら絶対に乗ろうとする。



だが、そうは言っても、ヤッパリ無理は無理。
いつものごとく積み残しの乗客の列は
ドンドン長くなり
走行20分時点サンタフェ通りに到着した際には
列が10m以上になり乗せられないバスに文句を言っていた。



そんな光景を見ていたら、なんだか運転手が
一緒に目的地を目指す同志に思えてきた。
私は超満員のバスにノンビリ座っているだけだけど
それでも渋滞と彼らの怒る顔を見て過ごす。
運転手はひたすら目的地にたどり着くために走る…。
会社員でも、子連れでも、学校帰りの学生でも
そう、ある時はどんな状況の乗客を無視してでも…。



そして車内で120%以上の混みを耐え抜きながら乗る乗客。
日本のように、帰宅ラッシュではなくて
四六時中ラッシュ時のように混み続けるバス。
いや、今日乗った地下鉄も同様で驚いてしまった。
彼らこそが、本当に怒りたい人なんだろうなと思う。



いつも思うけれど、市内ではなくて郊外に住むと
一生見なくてもいいものや、知らないで済むことを
沢山、見たり聞いたり勉強させてもらっている。
それは今日のように大変な思いをして帰る人がいたり
市内から30分も行けば、目を覆いたくなるような
嗚咽の世界が沢山そこには存在することを…。
そして、それが殆どのアルゼンチン人の現実であることを
だからこそ、アルゼンチンを『素晴らしい!良い国だ』みたいに
簡単にその一言で終わらせてはいけないのだと認識する。
確かに私は大好きだし、楽しいし、私には良い国だけど
今はそれだけの言葉を簡単に吐いてはいけないのだと思う。



先日も私の仲良しのアルゼンチン人の
(何一つ不自由していない幸せな彼女が)
『何を与えられるの?彼に、彼女に。
私の子供、いえ私たちの子供の事を考えていたら
泣きたくなってきてしまった…。』とつぶやいていたけど
そのコメントの中に『私たちの子供達の未来への夢や希望を
幸せをどうして切り裂いてしまうの』と答える人も多く
頭脳の流出ではないけれども、また昔みたいに
経済的理由ではなくて別のことで優秀な人たちが
外に出てしまうのではないだろうか?と不安にもなった。



というわけで、今日はバスの中で運ちゃんが
そして車内では大変な思いをする人が、、、
いや、つぶやく友人を見ていたら友人が
その思いや行動は別としても皆が皆同志に見えてきた日。



良い事もあるけど大変な事もある…
でもね、みんな笑顔になりたい。
幸せに向かって頑張っている同志なのかもしれない。
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