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いつもバスに乗っている移動時間が長いこともあり
窓の外をぼーっと眺めることがたるのだけれど
ふと渋滞の中、目に目に留まったのは1人の女の子の光景。

隣を見ると顔まで油で真っ黒になった
お父さんらしき人が一生懸命に
町工場前の廃品ゴミをあさっていて
目星き物を見つけては娘にポンと投げて
リヤカーに詰め込んでいる。
勿論そのリヤカーの動力は
やっとの事で歩いているかのようなやせ細った馬。
でもその大きな廃品用のゴミの中には
きっと使えるものが沢山あるのだろう。
お父さんは一生懸命見つけては娘に渡し
娘は父親から投げられたその廃品を
まるで遊んでいるかのように受け取り楽しんでいる。

途中手を怪我したらしく痛いと口走り傷口を見て
またその遊びのような仕事に戻る。
時々見せる笑顔は屈託がなく美しく澄んでいる。
こんなに美しい笑顔を見たのは久しぶりだ。
ただ、ふと思ったのはこの少女は
昔からこんな生活をしているのではなく
最近になってこのような生活を始めたのではないか?
何故なら一目でわかる雰囲気が全く違う光景だったから。

そんな二人を眺めていたら
ピンクの花柄のフリースを着ている
可愛い娘さんを見ていたら
バスの中なのに涙が出てしまう私。
恥ずかしいけど涙は正直だ。

この年頃なら学校に行ったり
家でのんびりしている子が多いのに
一生懸命父と働いている。
しっかりと結ばれた長い髪には
母親の愛情がいっぱい詰まっていることだろう。
揺れる髪を見ていたら益々胸が熱い。

今現在ブエノスには経済危機のために
生活を追いやられた路上生活者が沢山いる。
この家族もそうだろうけれど
本当なら小さいながらも家があり
ご両親は働きながらローンを払って
頑張っていた人も沢山いたはずだ。
でも今年に入りその安定も徐々に陰りを見せ
生きて行くだけで精一杯となり
ローンは払えなくなり家もなくなり
こうして生活をしている人が沢山いる。
実際地方の州の大きな工場でも
仕事がなく自宅待機という事態も出ている。

今の世の中仕事があるだけ
暮らせることは幸せなことなのである。
多分明日は我が身になると思う人は
周りにはいないだろう。
でも経済危機不況はじわじわと迫り
もうそこにまで静かにやって来ていて
学費を削ったり家にあるものを売ったりして
毎日を生きている人も多い。

我が家の場合だってそうだ。
誰も私はそんなことを思っているとは
想像もしないかもしれないが
アルゼンチンは天国から突然
地獄に突き落とされた人を
何人も何十人も見ているので
明日は我が身かもしれないと
そう思うことも度々あると思っている。

ちなみに我が家がとても安定した
日々を送っていると
(旦那と苗字が同じ有名な方がいるので
その方と勘違いをされる事が多いのだけど)
我が家はまもなく年金世代の丁稚奉公(笑)
うちの旦那は偉くもなんでもない。
ただ生きてこられたのは運が良かったこと。
そしてやはり私がペソオンリーではなかったから。
おかげで貯金はゼロだけどね、、、
それだけが30年近く生き延びた理由である。

だから今回のインフレで旦那の給与は
紙くずになった一人であるほど。
でも不況で値上げは望めない。
ただそれでも仕事に意味を感じ
日々元気で頑張ってくれる
それが一番だと感じながら
仕事があるだけでもありがたいと思う。
だから人間違いしないでね(笑)

話は横道にずれてしまったけど
私は運良く生きてこれた。
次は願わくばこの少女の笑顔が
いつまでもいつまでも続いてくれること。
そしてあの油まみれのお父さんが
いや、家族がみな心から笑える
本物の笑顔に満たされる日を願わずにはいられない。
 

   
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たまには経済危機の話ではなくユースの話題。
という事でなぜか口調も優しく~(笑)
そうユースオリンピックがもうすぐ始まります。

私はガイドを仕事として絶対にしないのですが
過去にデフバレーの世界選手権の通訳ガイドを
ボランティアでしたこともあり
スポーツ音痴な私でもスポーツの祭典は
とても身近に感じることがあり
今でも女子デフバレーで日本が決勝に残り
アルゼンチンの多くの国民が
「日本、日本」と一丸となって
応援してくれ、負けた時にも
声援を送ってくれた
あの懐かしい一幕を思い出します。

特にアルゼンチンは親日国なので
大会のスタッフとして仕事をしていても
とても仕事がしやすく
最後には世界選手権が終わってしまうのが
スタッフの人たちと離れるのが
悲しくなるほど思い入れがありました。

今回はスタッフとしてではなく
見る側、応援する側ですが
ユースオリンピックと言えども
オリンピックはオリンピック
日の丸を背負って来る方には
是非とも頑張って欲しいと思います。

さてそんな私は日程と会場のにらみっこ(笑)
もちろん毎日行くわけではなく
たまーに応援に行く程度ですが
問題はここはアルゼンチン。
そうでなくとも治安が良くないので
場所によっては十分な注意が必要で
道すら選んで行かないといけません。

特に一人で行かなくてはならない時など
本当はだんなに連れていってほしいのですが
彼は嫌だと言っています~(笑)
それゆえいかに安全に目的地に着けるか
大会スケジュール同様
移動手段も考えながら計画をしています。

ですから日本からいらっしゃる方にも
十分なる注意をして欲しいと思いますが
アルゼンチンの人は悪い人だけではなく
人懐っこいいい人も沢山います。
ただ今の治安がすべての人を疑う
そのような風潮になっているのが
残念でしょうがありません。

でもせっかくの機会にブエノスアイレスまで
足を運んで来るのですから
充実した日々を送って欲しいと思います。

というわけで今日は経済危機の休息日
一番最初に書いた通り優し~い口調で(笑)

そして私もオリンピックを楽しもうと思います。
一人偉そうにしている
アルゼンチンばばぁがいたら
呆れないでくださいね。






 

   
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明日は又してもゼネスト。
最近のアルゼンチンは
なんとも物騒がしい日々である。

今日も朝から大なり小なり各種労働組合により
道路封鎖やデモ行進が行われたり
教職員組合などいくつかの組合の一部は
ゼネスト前でもスト状態に突入すると
報道はされていたので私自身は
『いつもの如くまたか』程度に思っていたら
テレビをつけたら大変なことになっていた。

特にアベジャネーダ地区からは
今日の夕方に5月広場で行われた
本決起集会に参加する群衆達が
プエレドン大橋と呼ばれる
自動車専用道路をデモ行進で通過し
その後の本集会に臨むのだが
まずその前に橋の上で地区決起集会を行い
そこから目的地に向かって移動をする予定が
今回は通行および集会許可が降りなかったようで
朝から沢山のデモ行進参加者達が集まり始め
12時を過ぎた頃からいつ許可が降りるのか?
イライラした雰囲気が感じられ
機動隊との間に緊張の様子が伺われた。

さて、その今回のゼネスト情報は
色々な方達がブログなどで
詳しく説明してくれているので
省略するとして、この光景を見て思い出すのは
忘れもしない2002年6月26日である。


あの日も今日のように大勢の群衆が
デモ行進をすべく集まっており
給与の値上げや労働条件改善などを含む
闘争でもあったように記憶する。
だがその後アベジャネーダ駅前で
集まっていた群衆と警察の間で
暴動、警察側の発砲により
ダリオとサンティジャンという
若者二人が死亡した。
その打たれた光景までも当時は
テレビに映し出されていたので
今でも私の脳裏にははっきりと覚えている。

その後彼らが亡くなった日は
ダリオ・サンティジャンの日とされ
毎月26日になるとアベジャネーダ駅前で
(その後駅名はダリオ・サンティジャン駅と改名)で
追悼集会が行われ、時が経つにつれて
数は減ったものの6月26日は要注意日として
私のようにアベジャネーダ駅前の
アベニューを通過するものは
道路封鎖も想定する日々が続いた。

だが今現在は6月26日になっても集会・道路封鎖は殆ど行われない

こんな話を書いても日本の方には
興味もない話なのだが
あの時のような暴動は少ないにしても
時代は逆行しているように感じ
デモ、ストなどが増えた気がする。

明日こそゼネスト。
今日のように朝から道路封鎖も予定
そして公共の交通機関などの移動手段は
タクシーなどの一部を除いて皆無
勿論銀行も病院も
更には国際線も含む航空便までも
ストに突入することが発表され
経済的打撃も半端ではない。

ちなみに私は以前も書いたけれど
昨年ゼネストの前日
胆嚢の炎症を起こし激痛で
病院に行った経験がある。
だが当直医が言うにはゼネストになると
医者自体が交通手段がなく
専門医も来れないこともあり
手当の手段がなないので痛み止めで
ひとまず処置させて欲しいと言われ
処方箋を書いてもらった記憶がある。
ちなみにこれは公立病院ではなくて
毎月病院の会員になって会費を払っている
きちんとした私立病院の話である。

という事でゼネスト前には自分の体調も
十分注意しなくてはいけない日なのでもある。

またこう言う日は私立学校は
一応(殆どの子どもが登校しないため)
授業らしい授業はできないが学校はある。
だがこんな日には爆破予告の電話など
嫌がらせの電話があったり
娘の学校でも昔2度ほど全校生徒で
避難したこともあった。

兎にも角にも今年は公立などは
最低事業日数にも行かないと言われ
その格差は開くばかりで
嫌がらせも再発するかもしれず
用心に用心を重ねることに越したことはない。

明日は全てが機能しない日。
とは言いながら一応道路封鎖や
デモも予定されている。
ただもし今日ほどでなければ
不気味な静けさの日になるかもしれないが
まずは身の安全を考えて行動するよう
センターへのお出かけなどは
控えた方が良いとそうお伝えしたいと思う。











 

   
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久しぶりに乗っているバスが故障した。

ここ最近新しいバスが多いので
滅多に故障することがなかっただけに
想像もしていなかった事態(笑)
そのため全員バスから降ろされた。

普段なら約束に間に合うか?
心配になる私なのだが
近頃は町のあちこちで
抜き打ちデモやらストが行われることもあり
今日も早めに出かけて行ったので
約束には充分間に合ったけれども
いつも始発近くから座って行く私は
今日は二本見送って一番前で待ち
好きな席に座っていたこともあり
怒りは頂点に達していた。
(とこれだけで怒る私も短気だが~笑)

というわけで乗り換えの次のバスが来るまで
道路で待たなければならない私たち。
私の利用するバスは
長くても5分で3本くらい来るので
すぐに来るだろうぐらいに思っていたら
来ない、来ない!

おまけに信号の手前で大きなトラックが
曲がりきれないようで
道路を通行止にしてしまっていて
切り返し、切り返しして曲がり切るまでには
かなり時間もかかりそう…
(というより曲がり切れるかもわからない、、、)

総勢10人くらいだっただろうか
一人のおじさんは運転手に付き添い
自動車のメカを知っているのか?
一緒に故障の原因を調べている。
そしてその間残された私たちは
ピーチクパーチクが始まる。
皆今のアルゼンチンの経済危機などの現状で
かなりイライラしているのに
このバスの故障はその怒りの矛先を向けるには
十分すぎる要因だった。

一人は先日も故障したと怒り
また別の人は次に来るバスが
座っていけるかを心配していた。
(という私もそこが心配だったけれど)

そんなこんなの世間話を
トラックの切り返す光景を見ながら話す私たち。
普段ならちょっと怖そうなおじさんもいたけれど
この時だけは同志のような気分である(笑)

そしてトラックが無事に曲がりきり
止められていた車たちが流れ出し
私たちの行き先のバスも2台一緒に走って来た。

ちなみにアルゼンチンではこういう時には
後続のバスが止まってあげて
降ろされた乗客を拾って行く。
今回はありがたいことに2台が止まった。

待ってましたと走り出す人達。
でも不思議なもので
2台目も待ってくれているのに
皆1台目に向かって乗って行く。

私は勿論2台目へ。
わざわざみんなが乗って
絶対に混むだろうバスに乗る必要はない。

案の定後続のバスは
幸いなことに後ろの席が数席空いていて
安堵ののため息をつく。

『これで目的地まではゆっくりいける。』

するとお隣にもやはり一緒にバスを待っていた
ちょっとミュージシャンかと思うような
髪の毛を後ろに結んだ大きな男性が

「いやーお互い座れましたね、よかった。」と。

ここで会話は終わると思ったら大きな間違い(笑)

(横を並行して走る混んでいる1台目を指差し)
「みんな何故1台目に乗ったのかな?
立って行かなきゃいけないのにねぇ。
やっぱり忍耐力、洞察力が必要だよね。」と。

まるで2台目に乗って座れたのは
私たちの忍耐力とその洞察力の勝利というかの如く
弾んだ口調で延々と話し出し目的地に着くと

「無事に僕は目的地に着いた。
君も気をつけて行ってね。」と

二回も会釈をされ降りて行った。
それはわずか20分くらいの事だけど
もう二度と会うことはないのだろうけれど
こうして困った事態が起きたことで
妙な連帯感を感じる人達。

バスの故障でこうなのだから
国がこんな状態なら人々は
もっと連帯感を感じているに違いない。
車窓を眺めながら密かにそう思う私であった。




 

   
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今日もBsAs市内、郊外、町はカオス。
反政府集会、抗議集会など
あらゆる団体がメインストリートを封鎖し
町は麻痺状態となっている。
昨日足を運んだラ・プラタの町も同様らしく
昨日のうちに用事を済ませて良かったと
本当に日々何が起こるかわからないと言うこと
毎日通勤や用事で外出する人など
どんな状況に当たるかわからない。
明日は我が身のアルゼンチンである。

話は変わるが昔1971年の
ノーベル経済学賞を受賞した
サイモン・グズネッツという学者が
『世界には4種類の国がある。
それは先進国と途上国
そして日本とアルゼンチン』と語った
有名な言葉があるが年月を重ねれば重ねるたびに
その言葉を実感として感じる。

アルゼンチン以外の国は今日は置いておいて
なぜそういわれるのか?
私はエコノミストでも政治評論家でもない。
でもただ1つ言えることは本当だとそう思う。

日本から移住されて来る人たちはまず最初に
「いい国ですね。国土は大きいし
自然の宝庫、土壌も素晴らしい。
だから今はこんなでも
将来は素晴らしい国になりますね。」

私がきた時も全くそう100%同じことを思った。

そして1年、10年、20年、来年は30年。

当時移住された先輩が

「今はそう思いますが、アルゼンチンは
永遠に変わりませんよ。」

そう言った言葉をはっきり覚えていると同時に
今から20年前に来た人、10年前に来た人も同様。
「本当に変わらないんですね、この国は。」
と、そう思う人が殆どと言っても良い。

実際当時の私も「そんなことはない。
これだけ素晴らしい国が悪くなるはずがない。」

そう思ったもので、だからここに住んでみた。

あれから30年、今思うのは先輩の一言は
予想以上に当たっていた。

何故なら町は確かに美しい。
自然も素晴らしく人々もさすが南米のパリ
お洒落で綺麗な人が多い。
だけどそれはほぼ一部の世界であり
本当のその姿は全く違うのである。

そしていつも思うのはアルゼンチンは
本当なら経済大国になっていてもいいはずなのに
今現在私の目から通して見えるには
先ほども書いたが外観は美しく進化しているが
社会全体は後戻りをしつつあるような気がする。

それは決して人々の生活環境の豊かさではない。
私が語るのは日々のデモ、スト、
反政府集会、抗議集会、工場閉鎖、公立学校、医療
不況、失業、治安悪化などを通して見える物でもある。

私が住み始めた当時の予測図では
アルゼンチンは今頃は経済大国
1989年、5000%のスーパーインフレと言われようが
まだ人々はお金に潤いがあり仕事もあったので
これから益々良くなるだろうと思ったものだが
30年目を経て見えるのは、その後通りすぎてきた
経済危機、経済崩壊など同じことの繰り返し
これから伸びるだろうと思っていた
そのアルゼンチンは逆行しつつある気がする。

だが私の場合はそんなアルゼンチンでも
魅力があるから今もここにいるし
勿論明確な理由はあるのだが
それは永遠に変わらないだろう。

ただ治安が悪くなるということは
特に注意しなくてはならない。

町の美しさで人々はその危険度を感知できず
実際先日バスの中で目にした携帯泥棒も
(私にはすぐに危ない人たちとわかったけれど)
服装は今時の小綺麗な男の子たちで
目つきや仕草を見なければ絶対にわからない。
そういう点においては汚い格好をしているからと
人を疑うことはこの国ではよくなく
汚い格好、古い車を乗っている方たちこそ
本当に普通の人であったり
実際億ションのマンションにも
自分の身を守るために古い車を使うのか?
え?このマンションにこの車?
と思えるような年代物に乗る人も多い。

冗談のような話だが私の甥っ子は昔
家の目の前で普通の男の子たちに
スニーカーを脱がされ持っていかれた。
家の前だったのが不幸中の幸いだったが
そういうことも起こりえる。
外出時にはテレビを見て町の状況を把握し
外では泥棒なども増えているので
私からしたら昔に戻りつつある日々
充分に注意が必要な毎日である。



 

   
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